当店について
順慶町通りと丼池筋の角に店を構え、商いを始めさせて頂いたのは私の曾祖父が船場に移り住み、大一茶房と言う店名の喫茶店を開業したのが1950年、昭和25年。
店頭では長崎カステラや洋菓子を販売するなどハイカラなお店で大変人気がありました。
現在の業態に変更したのは1979年 昭和54年、先代(父)がこの小さな店で当時、個人商店としては珍しかったしゃぶしゃぶ屋さんを始めた時、ランチに美味しい牛肉料理を食べて頂こうと考案したのが「船場牛鍋」でした。
開店まもなく、長堀店(2018年テナントビル老朽化による立ち退きのため閉店)への移転が舞い込んできます。
完全移転を考えていたものの、船場で働く商人、社長様から「この牛鍋だけは残しといてくれへんか!」と言われ1品のみを提供する店として残しました。
2012年に全面改装。しゃぶしゃぶ・船場牛鍋の店としてリニューアルします。
1979年のオープン以来、牛肉は一頭たりとも同じ品物がないので目利きが重要と考えて来ました。
今では高級牛やA5等級だけで美味しい牛肉だとは言えないと認識も高まって来ています。
牛肉の霜降(しもふり)はサシの入り方が過剰でないことが重要です。具体的には、脂肪の量4等級がちょうどよく脂肪の融け方が良いものが、当店のしゃぶしゃぶ、船場牛鍋には向いていて、とても美味しく食べられます。
また、お肉の酸化を防ぐため薄切り牛肉は切り立てをすぐに調理する、真空パックする事を心がけています。
しゃぶしゃぶ店ならではのこだわりです。
2012年の全面改装時、私は店舗デザインには大変気を使いました。それはある思いがあったからです。
それは「町の歴史や背景に沿う」という事でした。
内装はお客様に心地よい時間を過ごしてもらう場としてのデザインに、外装は町に馴染む様にと考えていました。
ビジネスとして考えるのであれば、目立つ外装、看板を設置して集客性を上げるという事も考えることでしょう。しかしこの町に育てられてきた私共の生業は「ビジネス」ではなく「商い」でなくてはならないと感じていました。
丼池筋は船場の繊維問屋街で小売りも手がける繊維の現金問屋が密集していて有名だっただけでなく、スーパーマーケット方式や週休制などを採用し、伝統と革新を備えた大阪商人の心意気のある町だったからです。
私が幼い頃、丼池筋の1本西にある北心斎橋筋は呉服問屋、繊維問屋のお店が沢山あり、夕方になると北心斎橋は閑散としていたものでした。しかし、今や100円均一ショップや大型チェーン店の飲食店などが並び人で溢れています。時代の流れと共に環境、景観は変わって行きますが、この町に暖簾を揚げられている事を誇りに思う事は、これからも変わりはありません。